山口県は2022年12月、「工業県・やまぐちの未来~半導体産業・脱炭素で新たなステージへ」と題し、企業立地フォーラムを東京で開催しました。基調講演に東京理科大学大学院教授・若林秀樹氏、パネリストにトクヤマ社長の横田浩氏、日立製作所・執行役常務の正井健太郎氏を迎え山口県知事・村岡嗣政を交えて県産業の将来性を語り合い、より多くの企業の山口県への進出を呼びかけました。

半導体をはじめとするハイテク産業は、地政学リスクの高まりによって50年来常識だった世界のサプライチェーンを見直す時期に来ています。もし有事になれば供給網だけでなく技術力そのものが接収される可能性があり、先端重要拠点を国内に取り込むべきです。アメリカでは効率化・ファブレス化を進めた結果、ものづくりの拠点は少なく、素材や金属加工分野では日本への期待が高まっています。
1972年に田中角栄氏が全国を新幹線や高速道路網で結ぶ日本列島改造論を唱えてから50年が経ちました。私はデジタル網の整備で地方分散とDXを推進する「デジタル日本列島改造論」を提言し、政府のデジタル田園都市国家構想にもつながりました。地方では「デジタル新都」となるデータセンターの整備を進めていきますが、山口県の美祢市はデータセンター誘致の候補地として一次採択されました。関西以西では唯一の候補地で期待が高まります。
半導体産業の復活に向けた政策も奏功し始めています。生産基盤の強化ではTSMCの誘致にも成功し、IBMなどとの日米連携も強化されていきます。将来的には日本が強い光電融合でゲームチェンジを目指します。かつて半導体産業の成功体験を持つ経営者や技術者も高齢になってきており、今が最後で最大のチャンスです。
このような状況下で山口県はどうすべきでしょう。古くから重化学工業が盛んな山口県には、材料から一気通貫での製造が必要なパワー半導体が向いているのではないでしょうか。電力の変換や制御を行うパワー半導体がなければカーボンニュートラルは実現できません。付加価値も高く確実な市場の成長が見込まれます。必要とされる素材・化学の技術を持った企業がすでに集積しているのは山口県の強みです。
山口県にはデータセンターの新設と、パワー半導体の製造に加え、三方を海に囲まれた地の利を生かし「やまぐちセミコンシーロード」の形成を提言したい と思います。日本海側にはデータを活用したソフト企業が集まるサイエンスパークを作り、瀬戸内海側には素材・化学産業を集積させ半導体を作ります。二つを結ぶ下関エリアは物流の拠点としてアジアを見据えるのです。
今は最大の変革の時です。海外から学び直す必要もあります。幕末に海外視察を行い明治維新につなげたように、志を持った山口県から新たなイノベーションを生み出してもらいたいと思います。

パネルディスカッション
「山口県の事業メリットと将来像」
株式会社トクヤマ 代表取締役社長執行役員 横田浩氏
株式会社日立製作所 執行役常務 正井健太郎氏
山口県知事 村岡嗣政
キャスター 榎戸教子氏

榎戸山口県は古くから多くの製造業が集積する工業県です。なぜ山口県にものづくり企業が集まり、日本を代表する工業県となったのか、そして山口県が未来に向けて、どのような取り組みをはじめているのか、実際に県内で操業する2社に登壇いただき、村岡知事を交えて話し合っていきたいと思います。まずは両社の事業内容を伺いましょう。

横田トクヤマは1918年に、当時輸入に頼っていたガラスの原料「ソーダ灰」の国産化を目指し、すでに山口県に進出していたグループ企業の縁で、現在の周南市である徳山の地で創業しました。以来、ソーダ灰や苛性ソーダ・塩ビなどの化成品事業から、セメント、電子材料へと事業領域を拡大。製品のほとんどは徳山製造所で製造しています。現在は価値創造型への事業ポートフォリオ転換を目指し「電子」「健康」「環境」を成長事業領域として取り組み、2021年4月には「電子」や「環境」事業領域の新たな製品や技術の事業化を加速させるために、近隣自治体の柳井市に先進技術事業化センターを設置しました。

正井日立製作所は1910年、茨城県日立市で久原鉱業所日立鉱山付属の機械修理工場として創業しました。山口県下松市の笠戸事業所の開設は1921年。現在は新幹線に代表される各種電車、モノレールなどを開発・製造しており、国内をはじめ、海外向け鉄道車両の製造も手掛けグローバルに展開しています。また、鉄道車両の製造に加えて、笠戸事業所内に位置する日立ハイテクでは半導体製造装置事業も行っています。1980年に産業プラント部門の真空を扱う技術をもとに、日立中央研究所で開発していたプラズマエッチング技術を用いて、プラズマを使って薄膜を削るエッチング装置の製造をこの地で始めたのがきっかけです。
榎戸両社ともとても古くから操業されていますが、なぜ山口なのか、それぞれが感じられる山口県の事業メリットを教えてください。
横田トクヤマが感じる一番のメリットは物流面です。徳山下松港は開港100周年を迎えた天然の良港で、瀬戸内海の島々に囲まれ大型船舶の着岸も可能です。山口県内にある国際拠点港湾2港のうちの1つで、国際バルク戦略港湾に選定され、国際物流ターミナル整備事業の対象にもなっています。港湾だけでなく高速道路も中国道・山陽道が整備され、広い一般道と相まって陸上輸送のインフラも整っています。鉄道も県内に5つの新幹線駅があり、最寄りの徳山駅は「のぞみ」も停車します。空港も山口宇部空港と岩国錦帯橋空港の2か所があり首都圏とのアクセスも良好です。また山口県内には、工業高校や高専、大学が多くあり、ものづくりを志す若い工業系人材が豊富です。工場のオペレータを中心に採用していますが、真面目で実直な県民性が安全を最優先にするものづくりの現場で生きていると思います。
正井日立の工場も海に面しており、鉄道車両は専用の岸壁から船で直接運び出すことが出来ます。海外向け車両は近くの徳山下松港までトレーラーで道路を陸送し、大型の自動車運搬船で海上輸送することが出来ます。また関連産業の集積自体もメリットです。県内に高い技術を持った約30の協力会社が立地しており、物理的な距離が近いという点は非常に有利です。半導体製造装置生産においては、半導体製造の盛んな台湾、韓国へのアクセスがとりやすく顧客対応等の出張においても便利な地域です。需要変動も多い半導体製造装置業界においては、長年培った地域の優良な取引先との連携も非常に有効に働いています。また、事業分野を問わず挙げられるメリットに人材面があります。山口県には優秀な工業高校や高専、大学が多数あり、毎年地元の学校から新人を多数採用させていただいています。ものづくりを行う企業として、優秀な人材が山口県内で確保できることは大きなメリットです。
榎戸港湾施設など物流面を中心とした産業インフラの充実、関連企業が集積している点、アジアに近い地理的条件、そして豊富な産業人材をメリットとして挙げていただきました。村岡知事から事業メリットをまとめてください。

村岡山口県は本州の最西端で東京と上海がほぼ同距離に位置しており、東アジアを見据えたグローバルな事業展開を視野に入れた企業の皆様に西日本の生産拠点として選ばれています。産業インフラも充実しています。まず道路では東西に走る中国自動車道、山陽自動車道、整備中の山陰道の3本の高速道路をはじめ、山口宇部道路や国道2号小郡バイパスなど、高規格道路や自動車専用道路が整備され、本州と九州の結節点で充実した道路網を形成。中国圏域や九州圏域への移動も大変便利で、高速交通体系が必要とされる物流面においては非常に優位にあり、本県が誇るインフラの一つです。港湾では東アジアのゲートウェイとして、徳山下松港と下関港の2つの国際拠点港湾、そして4つの重要港湾を有しています。自動車関連、石油化学関連製品の取り扱いも多いなど、製品や原材料の大量輸送には非常に適しています。加えて、「本県は自然災害の少なさ」でも優れています。地震は観測記録の残る1918年以降、全国3位の少なさで、震度6弱以上の揺れは1度もありません。津波のリスクが低い、台風被害も少ないなど、安定した企業活動が展開でき、リスク分散の観点からも優れているということができます。
榎戸「産業の血液」といわれ製造業の活動には欠かせない工業用水についてはいかがでしょう。
村岡「日本一の工業用水」と自負しています。山口県の工業用水には3つの特徴があります。「たっぷり!」「きれい!」「安い!」です。まず「たっぷり」、豊富な給水能力です。令和2年度、県東部の周南地域に島田川工業用水道が完成し、全体で173万トンの給水能力を有することとなりました。これは全国第1位です。二つ目「きれい」、水質の良さです。工業用水のもととなる山口県の河川などの水は、全て環境省の基準 (「生活環境の保全に関する基準」)で上水道並みのAA~B類型に指定されています。三つ目「安い」、料金の安さです。平均すると全国で5番目の安さです。中国山地の勾配を利用して水を供給できているので送水費を安く抑えられています。さらに、これらに加えて、引込管、受水設備、水処理設備の設置支援といったサポート制度を用意しています。初期投資費用の負担軽減になると思いますので、是非ご活用ください。

榎戸知事が挙げられた事業メリットについて実感するところはありますか。
横田コストが安く、水質のよい工業用水を多様な水源から供給して頂けることは、多くの水を使用して製品を製造する私どもを含め、周南コンビナート全体の競争力強化につながっています。トクヤマでは一日あたり約187,000立方メートルの給水を受け、プラント関係の冷却水や洗浄用に使っています。また自家発電所のボイラーには超純水を使用しますが、この原水としてきれいな工業用水を使用しています。多様な工業用水源も整備され雨の少ない時期の安定供給を図って頂いています。コスト面でも水を送水費に関する動力費の比率が低い水系が多いことが、料金の安さに繋がっているのだと思います。
正井災害リスクの低い点にメリットを感じます。特に半導体製造装置は、半導体製造に直結することもありBCPについては顧客が非常に重要視しています。もちろん他拠点での生産等の対策も考えておりますが、マザーファブである山口県の工場の災害リスクが低いことは優位と言えると思います。

榎戸前半では山口県の事業メリットについて話し合ってきました。後半では山口県の産業の未来像を半導体産業、脱酸素の2分野を中心に話し合っていきたいと思います。まず半導体産業について両社の山口県での取り組みを教えてください。
正井下松市では日立ハイテクが半導体製造装置の開発・設計・製造を行っています。近年では海外顧客向けの生産が主流で、PCやサーバーに加えIOT、車載デバイス向け等の半導体需要の高まりにより、最近数年で過去最高の生産と売上を達成。2030年までは世界の半導体市場は右肩上がりに伸びると想定されています。半導体製造装置においては販売後にも顧客と連携して半導体デバイス開発に携わることが特徴的です。日立ハイテクでは下松市の事業所を中心に海外拠点と連携し世界の大手半導体メーカーと協力して最先端の半導体デバイス開発をサポートする拠点も充実させており、これらの拠点では顧客様と協創し従来の装置販売、修理、改造に加えてDXを用いた装置稼働率向上、ロボティックスによるメンテナンスサポート等の新しいサービスを提供する予定です。
横田トクヤマでは最先端の半導体の製造に欠かせない多結晶シリコン、乾式シリカ、放熱材料などを生産しています。半導体用多結晶シリコンは半導体ウエハーの原料となるもので、世界シェア20%を山口県で作っています。また、乾式シリカは半導体ウエハーを平坦化する研磨材で酸化膜用では世界トップのシェアを確立しています。放熱材料は高度化が進む半導体からの熱を逃がすためには欠かせないもので、柳井市に新設した先進技術事業化センターでは放熱材料の窒化ケイ素や窒化アルミニウムフィラーの量産化検討を進めています。窒化ケイ素は非常に丈夫な放熱材料で、環境配慮型自動車へ搭載される電子部材を熱から守るものです。窒化アルミニウムフィラーは樹脂に混ぜ込み放熱性能を発揮させるもので車載用パワーモジュールや通信用の電気制御装置周辺樹脂などに利用されています。
村岡山口県でも九州での半導体産業の集積に呼応するように、日立ハイテクをはじめとした半導体製造装置関連産業が活況の様を呈してきました。令和4年度は、企業誘致件数も過去30年で最も多い年となっています。県ではこの好機に事業用地のご紹介などの入口の部分から、税制優遇や補助金をはじめとした様々な支援制度のご案内、ビジネスマッチングなど、ワンストップで様々なご支援をさせていただいております。また、事業用地の開発にも力を入れており、新たな産業団地の造成などにも力を入れているところです。
榎戸こうした新たな産業が育つ中、山口県としては大きな課題にも取り組まねばなりません。山口県は古くから重化学工業が盛んなため、近年課題となっているCO2排出量も環境省の排出量ランキングで13位と多いのです。日本を代表する工業県だからこそ、未来に向けて脱炭素への取り組みも欠かせません。村岡知事に山口県の方針を伺いましょう。
村岡山口県は2050年までに温室効果ガス排出量の実質ゼロを目指す「2050年カーボンニュートラル宣言」を表明しました。産業分野での温室効果ガス排出量が県全体の7割を占め、全国平均の約2倍と高い山口県にとって、脱炭素化の取組は極めて重要で、国際競争力の維持と更なる成長につながるよう、取り組みを強化していきます。具体的にはCO2排出量の多いコンビナート企業の脱炭素化に向け「やまぐちコンビナート低炭素化構想」を策定しました。CO2の排出削減、利活用、回収・貯留という3つの視点からコンビナート内で炭素を循環させカーボンニュートラルを目指します。例えばセメントの製造時に排出されるCO2を回収し、水素と合成させて精製し燃料として活用します。CO2をカルシウム源と反応させれば炭酸カルシウムが生まれ、再びセメントの原料として活用できます。さらに大気中に放出されるCO2の回収や、地下への貯留等により、カーボンニュートラルの実現を目指します。また、中小企業や農林水産業を含む産業分野全般における「やまぐち産業脱炭素化戦略」の策定作業も進めています。施策の柱の中には、「脱炭素関連産業の新規立地・拡大投資の促進」という項目もあり、半導体等グリーン関連分野の成長企業を山口県に呼び込もうと考えているところです。

榎戸CO2排出量の多い山口県だからこそできる炭素循環フローの構築、という逆転の発想が示されました。その舞台となるのが今日の2社が操業されている「瀬戸内コンビナート地域」です。多くの企業が集まる山口県だからこそ、それぞれの強みを生かして好循環を生み出そうという計画ですね。
正井日立もグリーン戦略として2050年度までにバリューチェーン全体でカーボンニュートラルを達成するという目標を掲げています。自社内の事業活動における排出は2024年度までに50%削減を達成し、2030年度には排出をゼロとします。工場から直接排出する温室効果ガスへの対応が大きな課題となっており、この脱炭素に対応するため、水素、アンモニア技術に取り組まれている山口県のイニシアティブや企業の活動に期待しています。鉄道についてはグリーンな代替エネルギーに投資することで、製造拠点での環境への負荷を軽減しているほか、架線からの電気及び蓄電池のいずれでも走行可能なハイブリッド車両の開発やハイブリッド燃料電池車両の開発にも注力しています。また半導体業界はカーボンニュートラルに対しては非常に積極的に取り組んでいる業界です。日立ハイテクにおいても半導体製造装置使用時のCO2使用量削減に向けた新装置の開発を行っています。
横田トクヤマが発表した「中期経営計画2025」では、自社の石炭火力発電所を強みとするエネルギー多消費型の事業から、電子・健康・環境といった成長領域に軸足を移し、価値創造型企業に転換すること目指しています。柳井市の先進技術事業化センターでは、再生可能エネルギーを用いて、水から水素と酸素を製造する「アルカリ水電解装置」の製作・開発を進めており、2025年までに事業化します。この装置は究極のクリーンエネルギー技術として、国内外から大きな期待が寄せられています。また製造拠点がある周南コンビナートでは、全国に先駆け、脱炭素に向けた地域連携を進めています。2022年1月に「周南コンビナート脱炭素推進協議会」が発足。学術専門家と企業、国や山口県などの行政が連携する体制を整えました。特に、コンビナート内の出光興産さんの施設の利用を想定し、アンモニアをエネルギーとして導入する検討・準備を進め、山口県が全国をリードする形となっています。
榎戸ありがとうございました。前半では山口県に製造業が集まっている理由を探ってみました。地理的な特性に加え、長い歴史に裏付けられた産業インフラの充実や、豊富な理工系人材がその背景にあることが分かりました。また後半では山口県の未来について、半導体産業や脱炭素の取り組みを通じ、新たな時代の工業県の可能性を知ることが出来ました。最後に進出を検討している経営者の方へメッセージをお願いします。
村岡山口県は、「日本有数の工業県」、「良好な交通アクセスを可能にする交通インフラの整備」、「日本一の給水量を誇る工業用水」、「豊富で優秀な産業人材」など、全国に誇れる強みを実現してきました。また一方では、自然に恵まれるとともに、食材も豊富であるなど、暮らしやすい生活環境も有しています。若林教授の講演にもありましたが、データセンター誘致の候補地として、関西以西では、本県の美祢市が唯一の候補地となっています。こうした、本県の特徴は変革するこれからの社会・生活のあり方を見据えると、非常に魅力のある地域と自負していますまた、「山口県での企業立地」という面で言えば、先ほどもご紹介させていただきましたが、優れた立地環境や、立地に向けた検討から立地後のアフターフォローまで、きめ細かな支援により、山口県への立地をワンストップでサポートしてまいります。是非、山口県での立地についてご検討いただければと思います。